志賀直哉が事故の傷を癒した城崎温泉
「山手線の電車に蹴飛ばされて怪我をした、その後養生に、
一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた。
背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねないが、
そんな事はあるまいと医者に云われた。
我慢出来たら五週間位居たいものだと考えて来た。」
志賀直哉「城の崎にて」より
大正2年、志賀直哉30歳のときに山手線の電車にはねられ
重傷を負い12日間入院していたんだそうです。
その後、江戸時代の医師香川修徳が日本一と絶賛した
城崎温泉に療養の地を移し、旅館三木屋に数週間滞在しました。
城の崎にてという心境小説の傑作は、旅館の自室から眺める
ハチの死、ネズミの死、イモリの死など、
生き物の死を媒介として生まれました。
また、唯一の長編小説「暗夜行路」は近代文学の
傑作のひとつと称されていますが
これも城崎温泉の旅館「三木屋」に滞在して執筆されたんだそうです。
その後も志賀は、城崎温泉を気に入り、生涯10数回も
当地を訪れているんだそうです。
三木屋には今も志賀直哉執筆の部屋が大切に保存されているそうですので
一度訪れてみてはいかがでしょうか。
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